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​東大阪市が「ものづくりの街」として、特にネジ製造において全国的に有名になったのには、江戸時代まで遡る深い歴史的背景があります。

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原点:江戸時代の「河内木綿」と農具修理

東大阪付近はかつて「河内国」と呼ばれ、綿花の栽培が盛んでした。農家の人々は農閑期に内職として農具の修理や加工を行っており、これが金属加工技術の素地となりました。 1704年の大和川の付け替えによって、それまでの湿地帯が良質な畑に変わり、さらに綿作が発展。道具を作るための「鍛冶技術」がこの地に根付きました。

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明治・大正:伸鉄業の興りとネジの誕生

明治時代に入ると、安価な海外産の綿花に押され、木綿産業が衰退します。その代わりに台頭したのが、船の釘や農具を作る「伸鉄(しんてつ)」でした。

  • きっかけ: 大阪市内(現在の西区付近)で始まったネジ製造が、より広い用地と安価な労働力を求めて、隣接する東大阪へと広がっていきました。

  • 職人文化: 師匠から弟子へと技術が受け継がれる「暖簾分け(のれんわけ)」によって、狭い範囲に数多くの小規模な工場が誕生しました。

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戦後:高度経済成長と「ネジの街」の確立

戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、自動車、家電、建設ラッシュにより、ネジの需要が爆発的に増加しました。

  • 分業体制の完成: 一つの会社が全てを作るのではなく、「頭を作る」「ネジを切る」「メッキをかける」といった工程ごとに専門特化する**「水平分業システム」**が確立されました。

  • 東大阪ブランド: 「東大阪に頼めば、どんなネジでも揃う」「図面さえあれば明日にはできる」と言われるほどの集積地となりました。

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現代:宇宙開発やハイテク分野へ

現在では、単なる安価なネジの量産だけでなく、航空宇宙産業(人工衛星「まいど1号」など)や、医療用インプラント、特殊な難削材加工など、非常に高い付加価値を持つ技術へと進化しています。

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